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ふたりで行列

 「えっ、これに並ぶの?……言い方悪いけど、たかがラーメンでしょ」
 早くも尻込みをつくケンタに対してマコトは構おうともしなかった。
 「ここまで来てやめるわけにもいかないでしょ。ほら、並びましょ」
 長蛇の列に対して片や渋々、片や燃えあがる。対照的な反応を見せる二人は列の最後尾にまわった。
 流行りに助けられている面もあるのだろうが超がつくほどの人気ラーメン店。終日客が途絶えることはなく、数々の雑誌ですでに取り上げられている。もちろんマコトたちもそれらの宣伝に誘惑されて来店したクチだ。
 マコトがケンタと付き合うようになってから早くも一年が経つ。恋人たちが行くような定番スポットと呼ばれる近場は行き尽くし、近頃は遊びに行こうにも決定までに時間がかかりがちだった。そしてこの頃から、ケンタの意見も尊重しようと努力していたマコトにも、毎度どこでもいいと煮えきらない彼氏に対しイライラしだしていた。しかしこのフラストレーションは良い方向に向かってくれた。マコトは都合がいいと捉えることにしたのだ。自分の行ってみたい場所に問答無用でケンタを連れ回す。今回のラーメン屋もそんなマコトの独断だ。文句?自分で決められないケンタにそんな権利はありはしない。
 「だけどさぁ、みんなよく並ぶよな。周り見渡せば飯屋なんていくらでもあるのに」
 ケンタが周囲の飲食店を見渡しながら感心したように言う。
 「それだけここが美味しいってことじゃない?私たちのように初めてのお客さんもいれば当然リピーターも大勢いるでしょうから」
 そうだ、リピーターが多いということはそれだけ病みつきの味のはずだ。……まずい、期待が膨らんできてしまった。こういうときは期待しすぎないほうが良かったりするのに。
 「旨いだろうな~」
 「ダメよ、期待しちゃ」
 同じように期待を口にしたケンタにマコトはすぐさま牽制した。
 「え、何で?」
 「自分で勝手に味のハードルを高くしちゃうからよ」
 「ふ~ん、そんなものかね」
 「そうよ、気をつけて」
 「どうやって気をつければいいかよくわからないけど、わかったことにする」
 
 周囲からはそうは見られないのだが(どうやら叱っているように見えるらしい)、マコトにとってケンタとのたわいない会話はたわいないくせに楽しい。時間を忘れさせてくれる。今もぞろぞろと動く列の中間は知らないうちに過ぎてしまっている。
 「そろそろメニュー表とか配られてくると思うけど、席はどうしよっか?バラバラでも構わないよね?それとメニューは今から考えておくこと、ケンタは決めるの遅いんだから」
 どうせ食べる時間は二十分少々、わざわざ二人分の席がまとめて空くのを待つ必要もないとマコトは考えていた。
 「……あのさぁ」
 「何?もしかしてケンタそれじゃあ寂しい?」
 「そうじゃなくて!俺も席が別々になるのは構わない。だけどさ、男と女で言うべき台詞が逆だろ、そこは」
 ケンタは片手で頭をぐしゃぐしゃと掻く。
 「え、もしかして[あたしはケンタ君の隣じゃなきゃイヤだよ~」とか言って欲しかったわけ?」
 「そんなマコトだったら俺たちは付き合わなかっただろ」
 「だよね」さも当然だというケンタの態度に少し安心するところもある。「けどさ、できたら一緒に食べようね」
 「おう」
 ケンタがぶっきらぼうになるときは照れている証しだ。
 
 ――お二人様ですね?
 ――大丈夫、お二人とも一緒に入れますよ。
 ――いらっしゃせー。
 店内の作りはカウンター席がほとんどを占めていたが、マコトとケンタのような二人組の客も多くいたおかげで二人は並んでラーメンを啜ることができた。それでも周囲の雰囲気もあったせいか、会話は「旨いな」「そうだね」という簡単な感想と、「ちょっとペース早い、もうちょっとゆっくり食べて」「ごめん」くらいで、あとはひたすら食事に没頭した。
 会計を終えて店を出てから二人はようやく一息つく格好となった。
 「どうだった?」
 「旨かったけど、今回限りでいいかな」
 マコトの問いかけにケンタはこれといった感動もなかったと答えを返した。だがマコトも残念ながら同意せざるを得なかった。
 「こってりしすぎなのかな」
 「かもな。マコトがスープを飲み干せなかったくらいだし」
 「そうなんだよね、このあたしがスープを残すなんて相当よ。この店女性客の獲得は無視してるのかなあ」
 「雑誌ではそんな記事書いてなかったのに」
 「そうだよね、なんかガッカリした。ハードルは高くしたつもりなかったのにな」
 「まぁ不味いわけじゃなかったし。とにかくマコトの食べたいっていう目的は達成されたわけだろ?良かったじゃないか、店員も感じ良かったしな」
 ケンタが店側のフォローに入ってきた。これは彼が愚痴や文句を終わらせたいサインだ。
 「それもそうね。ゆっくりはできなかったけど二人並べて座ることもできたし。ね?」
 マコトはケンタを見上げ、ニコリと笑った。
 「そういうの、やめろよな」
 「そう?ほっぺた緩んでるよ」
 マコトがわざとらしくからかうと、ケンタは悔しそうに頬をごしごしと擦った。
 
 「ところでさ、ちょっと付いてきてほしいところがあるんだけど、今からいい?」
 帰路、ケンタからの申し出にマコトは少なからず驚いた。彼にもまだ私を連れて行きたい場所があるのか、と。
 「ケンタからなんて珍しいね。どこ?」
 「それは着いてのお楽しみということで」
 「だけど時間は大丈夫なの?お店とかなら急がないと閉まっちゃうんじゃないの?」
 「あ~、それは大丈夫。そういう所じゃないから」
 ――夜景かな。マコトの喉まで出かけた言葉は出してしまえば粋ではないと判断し、ぐっと呑み込みこれ以上の質問は控えることにした。
 「わかった。あたしは付いていくだけでいいんだね?」
 「おう」
 「楽しみにしてよう」
 時間はそうかからなかった。徒歩にして二十分程度だろうか。退屈はもちろんしなかった。
 ケンタに連れてこられた場所は、神社だった。
 「ここ?」
 「そう、ここが目的地」
 「でもここ……神社じゃん」
 「そうだよ?何か別のものに見えるのか?」
 夜景ではないとしても、夜に映える場所を期待していたマコトには意外だった。まさか神社とは。別の意味では確かに映える。人気のない夜では罰当たりな言い方になってしまうがホラースポットだ。たまには主体的に動いてくれたと感心した結果がこれか。
 「寒くない?」
 マコトの不安、そして幾ばくかの失望をよそにケンタは的外れな心配をしている。しかし確かにこの時期の夜はかなり冷え込む。
 「大丈夫だけど、背筋が寒くなってきた」
 マコトの返事にケンタは笑った。
 「ビビるなよ。変なことをするつもりじゃないし、安心しろって。出たとしても神様だ」
 「ちょっと心配になっただけよ。で、何?ケンタはどうしてあたしをここに連れてきたわけ?しかもこんな夜遅くに」
 マコトの詰問に、ケンタは夜空に向かってむずがゆそうに返事をした。
 「ここ、縁結びの神様が祭られているんだって」
 その後しばらくの沈黙に先に耐えられなくなったのはマコトだった。
 「……あたしまで恥ずかしくなったんですけど」
 「俺だって恥ずかしいの我慢して言ったんだ」
 「なんで夜?」
 「だって、日中にわざわざ行こうなんて言えないだろ。だから用事のついでということにしたかった」
 あたしの彼氏はどこかおかしな意地を持つな、とマコトは呆れた。
 「気持ちはわかった。だけどさぁ、門、閉まってるよ」
 防犯のためだろう、神社の境内への入り口は門で堅く閉められていた。
 「反省してる。正直ミスった。俺の田舎の神社なんていつでも入り放題だったからさ、「神社が閉まる」なんて夢にも思わなかった」
 ケンタは深く肩を落とした。どうやらマコトに喜びと驚きを与えることができると張り切っていたらしく、その分ショックが大きいようだ。
 「ここからでもお参りしようか」見かねたマコトの言葉でケンタは顔を上げた。「ここからでもお願いの一つくらい聴いてくれるでしょ。なんといっても神様だし」
 このような時間帯ということもあり、他に参拝客はいない。むしろ願いが届きやすいかもしれない。
 「マコト」
 「何?」
 「おまえ、いい女だな」
 「知ってる」
 「惚れ直した」
 「嬉しいけど、男と女で言うべき台詞が逆でしょ」
 先ほどのお返しとばかりに、マコトはケンタの肩を小突いてやった。

 夜とはいえ道端のため多少の逡巡はあったが、二人は閉められた門の向こう側へ並んで礼拝した。願いはもちろん――二人同じく――決まっている。


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赤い糸がみえるなら


 とある博士の実験が、小指に結ばれた運命の赤い糸の存在の証明、さらには可視化させることにまで成功した。
 運命の糸であるそれは、そもそも実体はなく色も赤ではなく無色透明であった。博士が実験に使用した液体状の薬品は、体内に摂取することによりその運命の糸を赤く変色させ、人の目にも見えるようにさせたものだった。
 完成された薬品は博士を一躍時の人にまで押し上げ、数々の賞を受賞するにまで至らせた。


 博士の発明から十年、「運命の赤い糸」に対する社会的問題はようやく落ち着きを見せ始め、当初宇宙旅行にも手が届くのではというほどの高値を付けていた薬品もなんとか手が届く範囲にまで価格が下がっていた。
 そしてここにいる男も自分の運命の相手を探すため、貯蓄のほぼ全てを回し薬品を購入した。周囲からは反対の声ばかりであった。運命の相手は自分で見つけるものだと説得もされた。しかし、引っ込み思案な性格を三十路を過ぎた自分が今更変えられるとも思えなかった。
 男は上司にさんざんの嫌み言われながらも有給休暇を強引に使い、出来うる限りの連休を捻りだした。女性との付き合いが一度もない自分に、一体どれほどの美女が運命の相手として待ってくれているのだろうか。想えば想うほど相手は美化され、男の妄想ともいえる期待は膨らんでいた。
 連休の初日となる早朝。男は冷蔵庫に大切に保管していた薬品を取り出し、恐る恐る、しかし一滴も漏らさぬものかという思いで口に流し込んだ。味はこれといったものはない、強いて言えば少し苦いだろうか。そして効果は飲み干して一分もたたないうちにみるみる現れた。男の左手の小指からキラキラした細い糸状のものが現れ、外へ外へと続いていく。
 なるほど確かにこれは赤い糸だ。男は感心し、糸がどんなものなのか触ってみようと試みた。するとどうだ、赤い糸は男の指を通り抜けてしまうではないか。糸は実体ではなく脳が見せているものなのかと思考してみたが、すぐにやめた。高名な学者様がようやく発見したものが何かなど自分にわかるわけがない。それに目的は別にある。赤い糸はあくまでも運命の女性と巡り会うための手段なのだ。
 男は玄関に向かい、前日に用意しておいた大型の旅行用カバンを肩にかけ、意気揚々に家を飛び出した。
 赤い糸は一直線に伸びていた。コンパスを見ると方角は西を指し示している。男は少なからず安堵を覚えた。東となれば男の住む土地ではすぐに海にぶつかってしまう。海外の女性が嫌というわけではないが、できることなら同じ国籍、言葉の通じる女性が望ましかった。
 西へまっすぐ歩いてみるのもよいが、やはり距離がわからないのは不安がある。男はとりあえず駅に向かい西へ、この場合は下りの電車に乗り込むことにした。糸の向く方角が変わったら降りる魂胆だ。
 意気込んで乗り込んだものの、糸の方角はこの路線の終着駅に到着しても変わることはなかった。多少残念には思ったが、簡単に相手が見つかってしまったら運命とは呼べないだろうと気を取り直し、男はさらに西へと続く路線に乗り換えた。
 どれほど電車に揺られただろうか。四、五時間は優に越えている。県もいくつか越えてしまった。特急電車や新幹線に乗っていれば……と長時間腰掛け痛む臀部を撫でつつ男は後悔していた。覚悟はしていたがそろそろ宿も探さなければならない。いったい自分の運命の相手はどこで待っているのだろうか。会いたいという男の願いとは裏腹に、結局旅の初日には相手が西にいること以外手がかりは掴めなかった。
 二日目、昨日と違い思い切って新幹線に乗ったことが功を奏した。距離を大幅に稼ぐことができ、何より糸の方角が変わったのだ。どうやら運命の相手はH県にいるらしい。このままどこまでも西を向いたまま変わらなければどうしようかという昨夜のホテルでの不安は一気に解消され、男はみるみる元気になっていった。H県は自分の住む場所とかなり離れてしまっている、これからは遠距離恋愛か、などと早まった考えまでもが心に余裕ができたせいか次々と生まれていた。
 各駅停車の電車に乗り換えてからは、男は慎重に糸の方角を見極めついにはこの辺りだろうと目星をつけ、下車するまでに至った。
 H県は男にとって初めて降り立つ馴染みのない土地であった。普段の男なら不安からなかなか動きだせずにいただろう。しかし今の男にはこの土地の景色は輝いて見え、まるで自分を迎え入れ、祝福してくれている。そのようにすら映っていた。
 さっそく男は平日の昼間からか駅前に暇そうに駐車していたタクシーを捕まえ、これから自分が指示した方向に向かってくれと伝えた。幸い運転手は何も言わずに、むしろ楽しそうに車を発進させた。
 街、とまでも言えない町の中をぐるぐる回ってたどり着いた運命の先は、特別なことは何もい五、六階建ての控えめなビルであった。糸は上に向かっている、男は運転手に礼を言ってタクシーから降り、ビルの正面入り口に回った。どうやらこのビルは様々な病院が入った施設らしい。男にとって幸運だった。セキュリティの類で中に入ることが困難ということは回避できたようだ。男はエレベーターに乗り、全階のボタンを押した。
 当たりは四階だった。エレベーターの扉が階を告げて開いていく。運命の相手が突然目の前にいたら……想像だけで男の喉すでにはカラカラになっていた。それでも扉の向こうは幸か不幸かただの通路だった。しかしながらこのフロアに相手がいることは確実だ。男の緊張はますます膨れ上がり、空調が効いているはずなのに汗も滲んでくる。相手は女医、看護士、事務員それとも患者か、男の期待も最高潮に膨らんでいく。
 赤い糸はこのフロアの一角を占める内科のクリニックの中へと吸い込まれていた。この顔色なら病人にも間違われるかもしれないと思いつつ、男は決意し中へと入って行った。そして、目の前が真っ暗になった。




 ――博士の遺書にはこう書き記されていたという。
 「世の中には知らない方が幸せということもある」


優しくてキレイな年上のお姉さん


 ――?
 彼女へ訊き返すと「キレイではなく綺麗」と注意された。僕が訂正した後の彼女の満足そうな笑みは確かに綺麗だった。

 「ユータロー、何か面白い話して」
 「遙先輩、それは無茶振りってやつです。それも毎日毎日、たまにはそっちからも提供してください」
 「いいからしてってば」
 「そんな……」
 結局いつものように僕の話は盛大に滑った。それを見て遙先輩は笑う。
 女性はしばしば男性に面白い話をしてくれと頼むことがあるが、それは無茶な話だ。僕たちはお笑い芸人ではないのだ。ウケるネタなどそうそう持ち合わせていない。いわんや毎日なんて!お笑いブームが持つ負の一面なのだろうか。
 そんな遙先輩ではあるが僕は彼女に惚れてしまっている。一目惚れといった運命的なものではなく、気がついたら虜になっていたというパターンだ。だからこそ打率は低いがこうして毎日健気に遙先輩の無茶な要求に応えているのだ。
 当然ながら僕の想いは遙先輩にぶつけていない。彼女は四年生、僕は一年生。一般的に考えれば可能性は低い。それでも年齢の上では僕は一年浪人生活を送ったので二つ違いだ。そう考えればまだ希望はあるように思えた。
 「それじゃあたし午後からゼミだから行くわ」
 「それなら僕も行きます」
 「あれ?ユータローこの時間のゼミに参加するっけ?」
 僕と遙先輩が所属する教授のゼミは各学年漏れなく生徒が清々しくなるほど少ない。そういった理由でゼミには学年単位で行うものと全体で行うゼミが週に一度ずつ用意されていた。教授も忙しいはずなのによくやってくれる。ただ、僕を遙先輩と巡り会わせてくれたので文句は言えなかった。
 「別件です。レポートがあるんで図書館に行ってきます。ここじゃ無理ですから」
 今僕たちがいる場所は大学の経済学部棟の隅にある一室。当初は学生達の自主勉強に使用されるのが目的で作られたらしいのだが、今ではすっかり学生達の談話室と成り果てていた。
 「あっそ」
 興味なさそうに応えた遙先輩に多少凹むが、よく見ればどこか笑いを我慢している表情だった。しょんぼりする僕を完全にからかっているのだ。
 「遙先輩はゼミ終わったらどうしますか?」
 「何もないから帰る」
 「バイトですか?」
 「今日はシフト入ってないけど」
 「それならレポート教えてくださいよ。遙先輩も履修したやつだと思いますから」
 僕は講義名を教えた。
 「え~、それ面倒なやつじゃん。あたし成績ギリギリの可だった記憶ある」
 「そこをなんとかお願いします。遙先輩優秀じゃないですか、春からは大学院に行くわけですし」
 大学院にまで進級すると聞いたときの喜びようといったらない。てっきり社会人になって学び舎からは卒業するとばかり思いこんでいた。
 「何度も言ってるけど、あたしが院に行くのはほとんど逃げなんだからね?働きたくないだけだから」
 「そんな謙遜しないでくださいってば。この前教授が褒めてましたよ。君たちの先輩にはすごいのがいるって」 
 「褒めてるのか貶しているのかわからない喩えね……まぁいいわ、ユータローのヨイショに乗ってあげる。ちょっとくらいなら見てあげるわよそのレポート。もっとも覚えていたらの話だけど」
 「見てもらうんじゃなくて教えてもらいたいんですけど……」
 「甘い!角砂糖くらい甘いね、頬が落ちるわ」
 遙先輩は自分の左頬を指で下に伸ばした。
 「先輩に教えてもらうことは許容範囲じゃないんですか?」
 「あたしは無糖派なの」
 遙先輩がコーヒーの無糖が好みだということは当然知っています。とは引かれる発言だとわかっていたので控えることにした。
 あたしのゼミがあるまでせいぜい図書館で本とにらめっこしてなさい、ニヒルな笑みを浮かべ去った遙先輩の言いつけ通り僕は彼女のゼミが終わるまでの九十分間集中してレポートを進めた。進めたはずだった。
 「何これ?あたしでも書き写しだって一目瞭然よ?」
 僕のレポートは一瞥されて机に放り出されてしまった。
 「しょうがないですよ、講義出てないから内容わからないですもん。書き写す他ないですよ」
 「言えた口じゃないけど講義はちゃんと出席したほうがいいよ」
 「お言葉ですけど、この内容の講義を出なかったのは遙先輩のカラオケに付き合わされたからですよ?」
 「あれ?そうだっけ?」
 「勘弁してくださいよ」
 「ごめんごめん。だけどあんまり小さいことを気にしてたら禿げちゃうよ?」
 「やめてくださいよ!気にしてるんですから!」
 「それじゃあ終わったことにクヨクヨせずにレポートをやっつけちゃおう。うる覚えだけどあたしがちょこちょこ修正したらそれでもある程度形にはなるでしょ」
 そこからの遙先輩は早かった。さすが大学院に進むことだけはあるといった感じだ。そして集中している遙先輩の横顔は僕の好きという色眼鏡を抜きにしても綺麗だった。いつもと違う表情、これもギャップの一つか。
 「終わりっと。文体もレベルも合わせたつもりだから他人にやってもらってことはバレないと思う」
 パソコンから印刷されたレポート用紙を僕に渡した遙先輩は一仕事終えた清々しい顔をしていた。喫煙者ならばここで必ず一服だろう。
 「ありがとうございます。このお礼はいつか必ず」
 「いつかなんて言わないで今してよ。ほら行くわよ」
 「帰るんじゃないんですか?」
 「そんなこと忘れた!」
 「マジっすか」
 困惑したが、嬉しいことに変わりはない。

 「最近僕のことよくかまってくれますけどいいんですか?四年生同士で遊んだりしなくって。最後じゃないですか」
 最寄りの繁華街まで連れてこられた僕は気になっていたことを訊いてみた。我ながら怖い質問だ、自分で遊んでくれるなと頼んでいるようなものだ。
 遙先輩は僕の顔を見ずスタスタ歩きながら答えた。
 「なんかね、あたしの同期はみんな来年から社会人でしょ?だけどあたしはまだ学生のまま。微妙なんだよね」
 「距離とられちゃったんですか?」
 「そんなわけないでしょうが。あたしの友達はみんなそんな人たちじゃないわよ。むしろあたしが距離空けちゃったのかな」
 「どうして。なかなか会えなくなっちゃうんですよ?」
 「そりゃ卒業前はとことん遊ぶわよ。だけど今は就活終わって最後に遊ぶためのバイトで忙しいみたいだから別にいいの。はい!この話はこれで終わり。それより今日はとことんだからね」
 「またカラオケ、飲みの流れですか」
 「嫌?」
 「もちろん大歓迎です」
 「それなら黙って付いてきなさい」
 「オーケー、ボス」
 「変な言い方禁止」
 カラオケに居酒屋。その通りの流れになったのはいいが、悲しいかな、僕の理想とするシチュエーションにはほど遠い騒がしいものであった。そしてそのままこの日は終了した。
 遙先輩は弱さをまるで見せてくれない。攻めるべき点がが皆目見当がつかない。


 僕は焦っていた。夏休みが刻一刻と迫って来ているのだ。本来なら両手を広げ迎え入れるそれだが、今回はそうは問屋が卸さない。大学に行かないのなら遙先輩と会うことにいちいち理由づけをしなくてはいけなくなってしまう。夏休みまで残すところ二週間、どうにか決着をつけよう――と、今すぐ行動に移したいのは山々なのだが、いかんせん我々学生には同時にテストが待ちかまえる時期。こればかりは手を抜くわけにもいかなかった。遙先輩も講義ならまだしもテストすら真面目に取り組まない奴は嫌いだと気を吐いていたからだ。
 そうはいっても遙先輩とは少しでも会いたい。苦肉の策で僕は勉強を乞うことにした。遊び抜きの堅い文面でメールを送信してみる。
 『自分でしなさい』
 なかなか手厳しい。それでも僕は「何卒」と再度試みてみる。
 『あたし前期のテストってないから大学に行かない。早めに夏休み満喫してる』
 「夏休み」この文面を見て僕は自分が阿呆だと痛感した。ここは大学、学生の夏休みが一斉にスタートとなるわけではもうないということを僕は失念していた。
 少なくとも僕自身のテストが終わる二週間は遙先輩と会うことはできないわけだ。
 その後そのまま図書館で勉強を始めた自分は褒められるべいなのか貶されるべきなのか。落ち込みながらも黙々と机に向かいわかりづらい教授自筆の本と数時間格闘していると、後ろからスッと腕が伸びてきた。図書館という環境を加味しても我ながらよく驚きの声をあげなかった。振り返ると無言で笑う遙先輩がそこにいた。
 「ユータロー驚きすぎ」
 「どうしたんですか?メールでは夏休みって言っていたじゃないですか」
 声を落とように努めるが、気持ちがどんどん上向きになっていく。
 「動揺してる、ユータローはかわいいなぁ」
 「それはいいですから、僕の質問に答えてください」
 「ユータローの顔が見たくなった。これじゃダメ?」
 しばらく会わないようなメールで落ち込んでいた後にこれだ。冗談だとしてもこの落差はずるい。
 遙先輩は別件を済ますために大学に来たということで、さっさと図書館を去ってしまった。自分は振り回されているなあと感じながらも、その後の勉強は大いにはかどったので悪いことではないのだろう。

 テストの山場も過ぎ残す科目もわずかという頃、僕の感情に問題が生じた。遙先輩への気持ちが冷めてきてしまったのだ。いや、疑問を持ってしまったが正しい言い方だろうか。
 原因はわかる。試験科目の一つにあった一般教養の心理学だ。詳しい内容は省くが、要するに人の感情には雪だるまのように一度転がると止まらずに大きくなっていくことがあるらしい。これを僕は己の遙先輩への感情に当てはめてしまったのだ。単位を取るのが楽だと聞いて何も考えずに選んだが、こんなことになるのなら履修しなければよかった。失敗だ。しかし雪だるま式の心理というのはよく言ったものだと納得してしまう。遙先輩のこともそうだが、心理学の講義に対する後悔も現在止まることなくゴロゴロと増幅している。他にも過去のことで思い当たることがチラホラある。と、過去の出来事を消化しながらも遙先輩への好意は勘違いではないかと僕の心にはすっかり靄がかかってしまった。そういえば遙先輩からのメールの類はこのところ途絶えている。良く捉えれば僕がテスト期間だからと遠慮してくれているのかもしれないが、実際のところは夏休みに入り僕のことなどどうでもよいのだろう。――まずい、これも雪だるま式というやつか。


 最後のテストが終わり三日が過ぎた。僕もすでに夏休みに入っている。
 遙先輩からの連絡は未だに来ない。ならば自分からとも考えてみたが、そうするとまた勝手に気持ちが膨れ上がりそうで控えていた。
 その日、外の暑さも重なり日が暮れた頃になっても僕はひとり部屋で悶々としていた。思春期や青春といった特有の病気だろうとはわかってはいるがいかんともしがたかった。遙先輩に打ち明ければ笑い転げるだろうなとぼんやり考えていると、ベッドに放り投げられていた携帯電話が音をたてた。着信音はメールではなく電話を知らせている。飛びつくと待ちに待った彼女の名前がそれには映っていた。――待て、僕は冷めたんじゃなかったのか?それがどうしたこの高鳴る気持ちは。
 混乱したまま電話にでる。
 「もしもし?」
 『ユータロー?久しぶり!テスト終わった?』
 「とっくに終わってますよ」
 『あれ、本当に?なんだ~それなら早く連絡してくれたらよかったのに。あたし待ってたんだから』
 靄は晴れた。好きだ、勘違いでもなんでもない。
 久しぶりの声に無性に安心し、同時に自己嫌悪も覚える。これほど好きなのにつまらないことに惑わされてしまっていた。
 遙先輩への想いをしみじみと実感していると『聞こえてる?お~い』と彼女の声に呼び戻された。
 「大丈夫です。聞こえてます」
 『そう?あのさ、テスト終わったのならお酒飲もうよ。打ち上げってことでさ』
 「いいですね。しばらく飲んでませんし最近暑いですからね」
 『だよね!この上なくビールが美味しいと思うんだ』
 「うわあ、今から飲みたくなってきました!いつにしましょうか?」
 『今』
 「え?」
 『だから今から飲もうよ。あたしの家の近くにあるお店あるでしょ?そこに今から来て。ダッシュね』
 唖然とする。しかしこれこそが僕の惚れた人、本来ならば呆れたり怒る場面だろうが、僕の胸は高鳴るばかりだ。
 「わかりました。十分で行きます」
 通話はそのままに僕は準備に取りかかった。
 『本当に走ってくるつもり?』
 「もちろん。タイミング良くビールが運ばれてくるように調整しておいてください」
 『走るのは冗談のつもりだったけど、ユータローがそこまで言うのなら止めない。熱中症には注意するように』
 「了解」
 すでに靴紐は堅く結んだ。
 『なんだか嬉しいな、あたし淋しかったんだからね』

 遙先輩に都合良く踊らされ振り回されていることは重々承知している。それでも電話の最後の言葉は遙先輩の本音だとわかる。それだけの時間は一緒に過ごした。
 日は沈んでもアスファルトはまだまだ熱を帯びている。熱に浮かされた自分にはちょうどいいかもしれないなと思いつつ一歩目、僕は地面を思い切り踏みしめた。 
 

  

風邪の症状=頭痛・悪寒 時々わがまま

 天気予報を見なかったのが仇となった。春はどこに行ってしまったのか、今朝の真冬のような冷え込みによって僕は目を覚ました。
 悪寒はあった。しかし今日は週末、今日一日さえ乗り切れば。と気合いを入れて出社したものの、まさか一日でこれほど悪化するとは想定外だった。昼食後の風邪薬の効果も虚しく、昼を過ぎた頃には僕の頭の中は鐘が打ち鳴らされっぱなしだった。
 「樋山君、顔色悪いけどあなた大丈夫?」
 心配そうに僕のデスクに顔を覗かせたのは、職場で僕の二年先輩にあたる及川さんだった。男性陣の間ではお堅くおっかないと評判だが、優しいしところもあるし細かいところにも気を回してくれる頼れる先輩だ。
 「ちょっと頭痛がするだけで大したことはありません。一応薬も飲みましたし仕事に支障はないと思います」
 支障大有りだが頭痛がするので早退したいとも言えない時期だ。
 「無理はしたら駄目よ。本当に厳しくなったら言って?みんなに迷惑かかるだけだから」
 「そうさせてもらいます」
 僕の返事に多少の不満を見せながらも及川さんは自分のデスクへ戻っていった。
 

文化

 私は愕然とした。
 
 完成したタイムマシンで目撃した未来世界に日本人はいなくなっていた。

 いるにはいる。だが私は認めることが出来なかった。

 「流星」と書いて「シューティング・スター」?

 そんな名前を認められるわけがないではないか。

 音訓はどこへいった?もはや当て字ですらない。
 
 そんなふざけた名前の世界が30年後の日本の姿だった。

 60年後の日本

 回帰を期待した私が愚かだったのだ

 日本には漢字だけでなく日本語すら消えており、あるのは世界共通言語だけであった。

 世界の進歩にはもちろん感激した。
 
 しかしそこにあるべき国々の言語はなかった。

 強国による価値観の押しつけによって彼らにとっての異文化は蹂躙されてしまったようだ。

 だがこの統一言語も当然の帰結なのかもしれない。

 現に私が所属する開発チーム内で日本語などどこにも存在していなかったのだから。


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