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夏祭り、夏の感触

 ああ、――誘ってよかった。
 人混みの中こちらを見つけ歩いてくる夏本の浴衣姿は見慣れているいつもの姿とは違いとても新鮮で、夏祭り特有の明かりが手伝っているせいなのか輝いて見えた。いわゆる「三割増し」どころの話ではなかった。しかるべき場所にはしかるべき服装があり、夏祭りといえば浴衣。これぞ日本の美。浴衣を考えた昔の人は偉大だ。
 「おまたせ~」
 夏本は待ち合わせ時間通りにやってきた。俺はというと緊張のせいで十五分も前からここに来ている。
 「どうこれ?似合うでしょ。まぁこの浴衣に決めるまですっごい悩んだから似合うって言ってもらわないと困るんだけどね。それで、どう?」
 「うん、超似合ってる。スッゲー綺麗」
 なんという普通コメント。もっと気の利いた言葉が世の中にはたくさんあるはずなのに。語彙力のなさに日頃の勉強不足を恥じた。
 「そうそう。そうでなくっちゃ」
 それでも夏本はどうやら満足し喜んでくれたみたいで楽しそうにくるっと一回転して魅せてくれた。一つに結わえられた黒髪は、主人の動きに少し遅れ気味に後を追っている。
 (うなじは○○だ!)と一部の人は称えているが、気持ちがわかった。あれって本当だ。たしかに、いい。普段隠れているものが突然姿を現すとドギマギしてしまうが、うなじもそんな感じだ。
 浴衣姿の夏本に見とれると同時に目に焼き付けながら思った。今日こそは。
 次のステージに。今のふたりの関係は曖昧だ。夏祭りという特別な日に、夏の神様、きっかけだけでいいです。起こしてください。――あとは自分でなんとかします。
 
 会場は公園全体。この界隈ではそれなりの規模を誇る夏祭りだった。
 「なにする?」夏本が聞く。
 「まずは腹ごしらえ、かな。定番のわたあめとか。そっちは?」聞き返す。
 「こっちも定番かなー。金魚すくいしたい」
 「これだけ夜店が連なってるんだからどっちもすぐに見つかるでしょ。子供の頃は小遣い気にしてたけどさ、今日はけちらずじゃんじゃん使っちゃおう」
 「あ、早速発見」夏本が指さす。
 口のまわりはべたつくし、下手をすると手までべたつく。だけどどうしても買ってしまわずにはいられないわたあめにはきっと魔力が備わっている。今もこうしてふたりとも食べているがやっぱり甘い美味しいやめられない。
 「これ食べなきゃ始まらないよね」
 夏本も甘い甘いと顔をほころばせる。
 ふわふわしたわたあめを早々に細い一本の割り箸にしてしまうと、今度は香ばしい香りが漂ってきた。
 「うわっ、焼きそばか~。これまた定番。食せねば」
 「だね。だけど私はいいや。そこまではお腹減ってないし」
 「わかった。それじゃあ買ってくるからちょっと待ってて」
 幸運にも出来立てのようで熱々だ。たまにある冷めたそれではないようだ。
 「お待たせ。それと、はい。夏祭りの飲み物といったらやっぱこれでしょ」
 「ラムネ?懐かしい!ありがとー!」
 今日のために設置されたベンチに腰を下ろして食べたのだが、この焼きそば、もやし多すぎだろ!麺との比率が同じじゃねーか。夏本には「それも祭りクオリティ」と同情もそこらにからかわれてしまった。
 食べ終わったばかりだというのに今度はかき氷に飛びついてしまっている。
 「なぁ、続けて冷たいものでお腹冷えない?」
 「大丈夫、胃腸が強いのも私の自慢のひとつなんだ。それよりこれ見て」夏本はべえっと舌を出した。
 「俺だって、ほら」
 互いの青と赤になってしまった舌を見せ合い、かき氷の交換をする。この行為、なんだか無性に恥ずかしく思えてきた。けど駄目だ。楽しい。
 「あ、金魚すくいだ」
 「きた!やろう。今すぐやろう」
 有無を言わさず夏本はスタスタ向かっていく。
 「金魚すくいそんなに好きなんだ。実は俺やったことないんだよね」
 「ほんと!?なんで?」
 「捕るのはいいけど、そのあと家で飼わないといけないでしょ。それが嫌でさ」
 「返しちゃえばいいのに」
 「それありなの?」
 「いいでしょ。私ずっとそうしてきたよ」
 「そうなんだ。それならやっておけばよかった」
 「今するんだからいいじゃん。おじちゃん、二人分ね」
 おっちゃんから薄い紙を張った針金の輪、ポイを受け取ると一匹の金魚に狙いを定めた。
 「あ~、だめだ」
 何度も挑戦する理由がわかる。すぐにポイが破けたにもかかわらず、なぜか次は穫れるような気がするのだ。
 「うっわ~、センスないね!よく見てて、こうするの」
 センスなのかは不明だが確かに夏本は上手で、あっと言う間に五匹もすくい上げてしまった。隣の男の子も羨望の眼差しで見つめている。
 「こんなもんね。おじちゃん、ありがとうございました。金魚返しますね」
 もう一度挑戦してはみたが駄目だった。さらにもう一度、というときに「来年の課題にすれば」と止められてしまった。金魚たちよ、待っているがいい。
 残念ながら射的はできなかった。小学生のちびっ子たちが白熱の戦いを繰り広げていたから。そこに割り込んでいくほど大人気なくはないし、もしそこで一つも撃ち落とせないなんてことが起きればお兄さん、格好悪すぎるもの。

 祭りを満喫し歩いていると夏本がある夜店の前で足を止めた。輪投げだ。
 「どうしたの?欲しい物あった?」
 床一面に広がる景品の最奥を夏本は凝視していた。
 「アレ欲しい!」
 ゲーム機本体ですか。目玉となっている景品は大人の事情で穫れないようになっているんじゃなかったっけ。
 「難しいんじゃない?俺ああいうの穫った人見たことないよ」
 「けど前から欲しいかったし・・・・・・。やってみる」
 的は小さいし、周囲の景品が邪魔をしている。案の定夏本は五回のチャンス全て逃してしまった。
 「しょうがないよ。あれはムズすぎる」
 「・・・・・・あのさぁ」
 夏本は諦めきれないのか、こちらを見ずにまだゲーム機を眺めている。
 「もしアレ穫ってくれたらキスしてあげよっか」
 夏本がこちらを振り向く。向いた夏本が俺の顔を見てハッとした。
 「なんてね。うそうそ。冗談よ」
 「そんなのわかってるって。・・・・・・だけどそんなに欲しいなら駄目もとで俺もやってみようかな」
 三百円を渡しておっちゃんから輪をもらう。チャンスは五回。
 男って呆れるほどバカだ。笑って誤魔化したが、例え冗談でもキスの一言でこんなにもやる気を出すし、驚くほど真剣になっている。

 「あっ」
 ハモった。
 三回目、穫れてしまった。

 まさか穫れてしまうとは。おっちゃんが「まいっちゃうよ」と景品のゲーム機を渡してくれた。隣の夏本の顔には大きく「どうしよう」と書かれていた。
 「はい。これ二万円近くするし、相当得しちゃったな。・・・・・・あー、さっきのは気にしなくていいし、しなくていいから。それよりもさ、俺もこれ持ってるから今度ソフト買って通信対戦しようよ」
 夏本は無言のまま景品を受け取った。
 その時、太鼓の音が鳴り始めた。
 「あっ、そろそろ盆踊り始まるみたいだ。行こっか?」
 音がする会場の方に気を取られたとき、頬に感触があった。すぐそこには夏本、距離はなくなっていた。
 無言のままお互いの目を観たのはどのくらいだろう。心臓が太鼓の音をかき消すほど早鐘を打ち何も思い浮かばない。それでも何か言おうとしたとき、夏本は俺から目を逸らし、先に声を出した。
 「約束しちゃったから!しちゃったからにはするしかないでしょ!――ありがたく頂戴してよね」
 「・・・・・・うん、ありがとう。たぶん俺一生忘れないと思う」本当はたぶんじゃなくて絶対。
 「忘れられたらこっちだって困るわよ。ほら、盆踊り行くんでしょ」
 互いに隣を歩くことに照れてしまい縦になって歩いていると、後ろの夏本が俺の背中をつついてきた。
 「私もかな」
 「何が?」
 「私もたぶんさっきのこと忘れないと思う」
 
 「ねえっ!」
 「うわっ、何さ」
 「にやつかないでよ。気持ち悪い」
 「マジ?そんな顔してた?」
 「してたじゃなくて今もしてる。・・・・・・だからやめてってば」
 ――ごめん。それたぶん無理。


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雨の日

 「傘ない」
 それだけかよ。携帯の着信メールにはそのたった四文字だけが光っていた。
 「ったく、あれほど傘持って行けって言ったのに。天気予報、見なかったのかよ」
 せっかく着替えたのにまたずぶ濡れにならなきゃならないみたいだ。
 外は大雨。大雨注意報くらいは当然だされているだろう。
 急いで着替え、二本の傘、一本はひろげ、もう一本、ユウの分は手に持って駅に向かった。もちろん、怒られたくないから駆け足で。

 「偉い!さっすが」
 改札口から出てきたユウの第一声。
 もう慣れてしまったが相変わらず感謝の言葉がユウには欠けている。初めは腹が立ったものだが、これがユウであり、こうでなくてはユウではない。俺とユウ両方を知る友人から言わせると惚れた弱みというやつらしい。
 「はい傘な。けどすごい雨だから意味ないかもしれない」
 「そうみたいだね。うわ~服びしょびしょじゃん」
 「それも一度帰って着替えてたんだそ。洗濯物が二倍になっちゃったよ」
 「そこまでしてとは頼んでない。言ってくれればよかったのに。そしたら私頼まなかった」
 「けどそしたら傘買ったろ?もったいないよ」
 「本っ当、ミチはけちくさい。直せないの?」
 「いいんだよ、直さなくて。俺のアイデンティティーなの。それに、この性格のおかげで貯金もできてるんだからむしろ感謝しなさい」
 「う~ん、まぁいいけど。それよりさ、お腹減ってない?私お腹減っちゃって。まだ食べてないんでしょ?何か食べて帰ろうよ」
 言ったそばから。俺にけちって言ったばかりじゃん。それでも無駄使いしようってんだから大したもんだよ。
 「本当にユウは食べるの好きな。それで太らないんだからすごいよ。みんなに羨ましがられてるでしょ?」
 「普段は気をつけてるの!間食もしてないし!ミチとの時だけだよ、気兼ねなくごはん食べれるの」
 自分との時だけ。そう言われてしまったら、もう駄目だ。
 「俺も走ってきたせいか腹減っきた。しゃーない、食べて帰ろうか」少し考えてから「あそこは?近くのファミレス」
 「ヤダ」
 「じゃあ・・・・・・、う~ん」
 「そうだっ、あそこにしよっ。この前できたラーメン屋。ここからもそう遠くないし、雨で冷えた日にはピッタリ。食べてみたかったし!」
 「食べてみたいけどオープンしたばかりだし混んでない?」
 「バカ!だからこそこういう雨の日が狙い目なんでしょう。この土砂降りならみんな外出は控えてるはずだから。だからこそ・・・・・・チャンスよ!」
 「よし。それじゃあそこにしますか」
 「決まりね。そうと決まれば早く行こ。ラーメンのこと考えたらますますお腹減ってきちゃった」
 ユウは俺から傘を取り、いざ行かん。我に続けと言わんばかりにズンズン歩き出した。

 それにしても迷うことなく店に向かってる。飯屋のチェックは欠かしてなかったんだろうなと感心する。
 「ミチと食べに行こうって前から思ってたんだ」
 土砂降りの雨の中、なるべく靴が濡れないように足下を注意しながら歩いていると、傘を広げ前をゆくユウが不意に言った。
 聞こえていればどんなに嬉しかったかわからないが、不覚にも雨の音で聞き取ることがてきなかった。
 「え?なんて?ごめん、聞こえなかった」
 「だから~!・・・・・・やっぱいい。なんでもない」
 「何さ。気になるじゃん」
 「なんでもないって言ってるでしょ!うるさいな!ほら早く行くよ!」
 そう言ってユウが急かすようにこちらに振り向いた瞬間、風が強く吹いた。ユウが小さく悲鳴を上げた。
 安物のビニール傘にはひとたまりもなかった。
 風をモロに受けたユウの傘は無惨だった。
 「最っ悪」
 雨の勢いは収まってくれていない。みるみるユウが濡れていく。幸い俺の傘は耐えてくれたので急いでユウを傘に入れた。
 「・・・・・・サイアク」
 「どうする?ラーメンやめて帰る?」
 「・・・・・・行く。絶対。こうなったらめちゃくちゃ食べてやる」
 金払うの俺なんだけどな・・・・・・。
 「それじゃあ機嫌直そうぜ。仏頂面じゃのままじゃうまいものも不味くなっちゃうよ」ユウをさらに近くに引き寄せた。肩がぶつかる。「ほら、こうすれば傘も一本で充分じゃん」
 「全然充分じゃないじゃん。ミチのそっちの肩はみ出てるよ」
 「気にすんなって。男はこういうとき格好つけたいものなんだよ」
 「・・・・・・バカ」
 
 一日の終わりで疲れているとはいえ、さっきまで声も大きく元気だったユウが雨に当たってから急に大人しくなってしまった。
 「なぁ、本当に大丈夫か?風邪引いたんじゃないの?」
 「ううん。大丈夫」
 「無理すんなよ?」
 「そんなんじゃないって言ってるでしょ」
 「なんだよ、心配してるのに怒ることないないだろ」
 「怒ってるわけじゃないの」
 今度は途端に声が小さくなった。
 「顔も赤いけど・・・」
 「だって、いい歳して相合い傘なんかしてるから・・・・・・」
 なんだ、ユウの奴照れてるのか。
 普段俺たちはユウがなんでもかんでも決めて行動してる。だからさっきみたいな俺の積極的行動にユウは慣れてない。それで狼狽えるのか。
 こっちがペース握るといつものユウは陰を潜める。横柄な態度も消え、あまりお目にかけれない照れ屋な性格が顔をのぞかせている。本人に言うと怒りだしてしまうから言わないが、普段と違うこのユウもかわいくて好きだ。
 傘を持ち変えユウの手を握ってみた。ますます赤くなっってうつむいた。ーーやばい。かわいい。
 そのときある言葉がコロリと頭の隅の方から転がってきた。しっくりきた。なぜ今まで気付かなかったのだろう。かなり前から知っていた言葉なのに。ユウはまさにこれじゃないか。
 「あのさ、突然だし今更なんだけど」
 「何?」
 「ユウってさ・・・・・・ツンデレなんだな」
 「・・・・・・はぁ!?いきなり何言っちゃってるの?バカでしょ」あからさまに引いている。「私のは違う・・・・・・これは・・・・・・そう!わがままよ!」
 「それもひでぇな」
 思わず吹き出した。笑ったら殴られた。
 「バカ!バカ!!バーカ!!!」
 
 ラーメン屋から出るときにはユウのご機嫌はすっかり元通りになっていた。
 「はぁ~、幸せ」
 「多少小降りにはなったけどまだ傘はいるね。ほら入って」
 ――狼狽しすぎだよ。
 「・・・・・・ねぇ、傘買おうよ」
 「家に予備あるしラーメンの出費があるからそこは我慢。ユウも言ったろ?俺はホントにケチなの。それとも何?ユウは好きな人の傘に入るのそんなに嫌?」
 顔から火が出そううな台詞でも言う価値あった。首を横に振るユウの姿は、これまた一段とかわいかったから。
 

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乗せてって

 「え~」
 「だ~か~ら~、後ろに乗せてってよ。だって、しょうがないじゃん。あたしの自転車の鍵見つからないんだもん。今日だけ。ね、お願い!」
 「よりによって今日?暑いし、それに重たいじゃん」
 サキの頼みを俺は渋った。夕暮れ時といってもお天道様が絶好調のこの季節、ひとりでも汗だくになるというのに後ろに人ひとり乗せて学校から家まで下校となると想像もできん。したくない。どんな凄惨な状態になることやら。
 「ねぇってばぁ。ねぇ!聞いてんの?・・・・・・お願いします!神様仏様ナカツ様!」
 「あーもう!わかったよ。今日だけだかんな。それに!この恩忘れんなよ」
 「ははーっ」
 「ほら」自転車をサキの方へ向けてやるとサキはよっしゃと白い歯をのぞかせて自転車の後ろに乗った。
 乗ったには乗ったのだが・・・・・・
 「何?それでいくの?」
 「そだよ。一度試してみたかったんだよね、この乗り方」
 サキは後ろ向きに座っているのだ。ちょうど自転車を漕ぐ俺と背中合わせになるように。
 「おまえ、テレビの見すぎ。そんなの実際にしてる人見たことないぞ。それに危ないだろ、バランスとれねーよ」
 「まぁ確かに実際にしてる人って見たことないね。でもさ!ドラマとかアニメで見たときからずっと憧れてたんだよね」
 憧れるのはいっこうにかまわないが、だけどそのドラマとかのシチュエーションって恋人同士とかだろ・・・・・・?もしもしサキさん、わかってます?天然ですか?それとも、ワザとですか?もしワザとならそれって・・・・・・。ええぃクソ、わっかんねぇ。なぁ、どういうつもりなんだよ。
 もちろん、こんなことサキに直接聞けるわけない。けど気にはなる。聞けるものなら聞いてみたい。だけどやっぱり聞けるわけない。なるべく考えないようにするしかない。
 俺は変に意識しないよう心がけて自転車に乗った。
 「安定性最悪だとは思うけど、とりあえずサキがそれでいいならそれでいってみるか。転ばないように俺も気をつけるけど、サキも気をつけろよ」
 「了解了解っ。それじゃあ、しゅっぱーつ」
 サキはこっちの戸惑いをよそになんとも無邪気な声を出し、足を地面から離した。
 「へいへい。それじゃあお客さん、出発しますんでしっかり掴まっててくださいね」そう言って俺は足に力を入れた。
 
 案の定、走り始めの自転車は酔っぱらったサラリーマンの千鳥足よろしくのふらふら運転だった。自動車が走らない河川敷を走っているからよいものの、スピードは出ない、転倒しそう。なにより後ろのサキがキャーキャーとうるさい。
 「なぁ、やっぱり危ないよ。乗り方変えよう!」
 「嫌!家までこれで行く。今やめたら負けな気がする!」
 誰に負けるって言うんですか。
 ぎゃあぎゃあ言い争いながらも俺もサキもこの乗り方のバランスの取り方をそれぞれ見つけたようで、スピードは相変わらず二人分のゆったりペースだがふらつきはなくなった。
 中盤にさしかかるまでにいつもの三倍疲れた。我ながらすごい汗の量だ。これは帰ってからの最初の行動は決まりだ。シャワーしか考えられない。
 走りが落ち着きだすと自転車特有の風が心地良い。サキも暑さで疲れたようで口数も減り、ペダルを漕ぐ音だけがなっていた。
 この辺りから日差しでの暑さとは別に、俺は互いにくっついている背中からサキの温度を感じるようになっていた。この暑さは、まぁ、悪くない。

 「告白されたんでしょ?」
 静かになっていたサキからの突然の質問に思わず変な声が出た。
 「急にどうした?藪から棒に」
 「それ同じ意味。聞いたよ。というか女子の間じゃ噂になってるよ。二組のサイトウバシさんから告白されたらしいって」サキの表情はこの状態からは窺えないし、声は平坦で意思がまるで読めない。ただ、背中はやけに熱い。「それで、どうしたの?」
 「断ったよ」
 なるべくサラッと言ったつもりだ。それにしてももう噂になっているのか、やだな。
 「 なんで? 」
 「なんでって・・・・・・。そりゃまぁ色々。って聞くか普通?こういうこと」
 「なんでよ?」
 こういうとき、回りくどい言葉のない、単純かつ短い直球の質問は強いのだと身を持って知った。
 「だからさ・・・・・・」あのときはよく考えていなかったが、たぶん理由はこれなんだろう。「つまんないから」
 「つまらない?何、それが理由?」
 「そう、そうだよ。えっとさ、ほら、俺の好きなものって自動車レースとか野球観戦とかだろ?サイトウバシさんってさ、そういうの全然興味ないんだよ。といっても、男でもレアな方だけどな。正直サキくらいだよ話わかってくれるの。サキは女子だから特に激レアだな。逆にサイトウバシさんの話には俺が全然ついていけなくってさ。だから・・・・・・」
 「バッカじゃないの!そこは恋人同士の話ってものがあるでしょ。あ~あ、サイトウバシさん可哀想。相手がこんな大馬鹿者って知ってたらきっと初めから告白なんてしなかっただろうに。ナカツ、あんたそれにしても馬鹿よ。千載一遇のチャンスだったのに。もうあんなにカワイイ娘から告白されるなんて二度とないかもよ」
 「うるさいな、余計なお世話だよ。たしかにカワイイけどつまんなかったらしょうがないじゃん。相手にも悪いし。それだったら俺は、サキと一緒にいる方がずっと楽しいよ」
 サキと一緒にいる方が。
 この一言が空気を一変させた。まず・・・・・・、勢いだった。何だよサキ、急に黙るなよ。気まずいだろ。
 トン。突然サキが背中を預けてきた。サキの重さを背中で受け止める。受け止めたその重みの分だけサキの体重が俺に移り、サキが軽くなっていくように感じた。ーー同時に、サキの心も軽くなっていくような気もする。
 サキ、この背中は俺のことを想ってるという意味で預けてきていると勘違いしちゃってもいいのか?
 「俺さ、やっぱりサキのことが一番好きなのかも」
 言葉が漏れた。
 ものすごい、間があった。
 ものすごい間の後、サキは言った。
 「 あたしも 」

 「あたしの自転車、スペアキーはあるけどまだ学校だから明日の朝も乗せてってね」
 サキの家に到着すると、先ほどの出来事はまるでなかったかのように明日も迎えに来てとしれっと言われてしまった。
 ただ、顔色まで嘘をつけるほどの余裕はなかったらしい。サキは夕焼けに負けず劣らず耳まで真っ赤にしてしまっていた。

 サキを降ろしてからの道中、自分の顔がものすごく熱かった。おそらく、さっきのサキと同じで真っ赤なはずだ。
 まさか、俺もサキも熱中症だったなんてオチじゃないよな。
 今日のことでサキとの関係は「恋人」に変われたのだろうか。火照った頭じゃぼんやりしていてよくわからない。
 ただ、ぼんやりしながらも言っておきたいと思ってることがある。明日の朝、サキを自転車の後ろに乗せてやるそのときに。
 「俺、きちんと告白したほうがいいのかな」って。


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最終打席


 カウント1ー3、ワンストライクスリーボール
 「ピッチャービビってるよ!」
 何煽ってるんだバカ!菊池は心中で毒づいた。
 九回裏二死、ランナー一塁。おそらくこの試合で最後の打席だろう。そしてそれは菊池にとって高校野球最後の打席を意味していた。
 試合展開は一対三。菊池のチームは負けている。七番打者の菊池に監督のサインは(甘い球が来たら思い切りいけ)
 甘い球ね・・・。はたして県内屈指といわれるこのピッチャーがそんな球放ってくれるのか?
 ピッチャーが振りかぶって・・・よく見ろ・・・高い!
 「ストラーイク!」主審が叫ぶ。
 マジかよ、高いだろ。カウント2ー3。追い込まれた。
 「菊池ー!打てー!」仲間が叫ぶ。
 ちくしょう、俺だって打ちてーよ。体がカタイ、びびっちゃてるよ、俺。
 ピッチャーは休むことなくクイックモーションで投げやがった。くそっ!
 スライダー!?「くそったれ!」なんとかバットに当てファール。あぶねー・・・。
 「すみません、タイム」
 深呼吸して屈伸。最後になんかしたくない。チームのためにも。何よりまだ野球を続けたい自分のためにも。つなげればまだ何とかなるんだ。
 気合いを入れてバッターボックスに戻る。もう足は震えていない。「プレイ!」
 絞り球は決めた。ストレートだ。
 ドンピシャリ!もらった!バットに全身全霊思いを込める。

 その瞬間、菊池は眠りから覚めた。
 またか・・・。もう何度目になるんだろう。何度もこの夢を見ているのに相変わらずシャツは汗でびしょ濡れで、目頭はじんわりと熱い。
 もう五年も前のことなのにな・・・。悔いがあるんだろうな、やっぱ。
 結果はショートゴロだった。
 どんなに懸命に走っても一塁ベースは遠く、間に合うことはなかった。スリーアウト。ーー試合終了。
 試合に負けた瞬間には涙は不思議と出てこなかった。夏が終わったという事実をすぐには飲み込めていなかったのかもしれない。試合終了のサイレンを聞いた時、それは溢れた。
 チームのみんなは誰も俺を責めようとはしなかった。だけど、自分自身で猛烈に責め立てた。ーー「もし打っていたら勝っていたかもしれないのに」と。
 冷蔵庫に向かい、冷やしておいた麦茶を一気に飲み干した。落ち着きと同時に、練習が終わった後いつもこうして一気飲みをしていたことを思い出してしまった。監督には一気には飲むなと注意されていたがどうしても止められなかったことまで。
 それにしても寝苦しく暑い夜だ。
 また今年もこの季節がやってきたのか。熱い熱い甲子園の季節が。
 
 野球そのものには後悔はない。負ける悔しさ、厳しい練習に耐える忍耐力、そして目標に向かい仲間と突き進む姿勢。。それもこれも教えてくれたのは高校野球だ。高校野球が今の菊池を形成しているといってもいい。そのことは菊池はただただあの頃の経験に感謝している。


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